将鲁迅精神在当代点燃

www.ymxzbj.com2022-11-25 21:29:19网络

殷铄

鲁迅,这座中国近代史上的丰碑,是所有文人墨客乐于评论的对象。谁都可以说,但又少有人说得好。鲁迅先生本人就是一个跨越了时代的天才。有人说鲁迅的高度源于他所处的时代主题——救亡,但殊不知他的文学天赋早已经超越东西方或现当代之别,实在不是当代人包括诺贝尔奖评委所能完全领悟的。因此我总以为,以艺术表现鲁迅形象的创作行为,本身就是需要极大勇气的。

 

鲁迅已经离开我们86年了,而救亡的时代主题也似乎发生了变化。果真如此吗?若论及中国人在当代文学艺术方面的“成就”,恐怕离“败亡”也不算太远。当代产生不了鲁迅先生,却永远需要鲁迅的思想、鲁迅的铮铮风骨。李平的近作《千面鲁迅》,完全不去顾及喋喋不休的艺术上的争论,只希望唤醒和重塑鲁迅的精神,在浑噩的时代中发出自己的呐喊。

 

包含成几百上千张鲁迅头像的《千面鲁迅》,仅巨大的工作量就使人惊叹,非常人所能为之。何以为之?一则是李平熟悉各种绘画材料,国画、油画、泼墨、综合材料等驾轻就熟,早年就是艺坛高手。二来李平的创作状态向来疯疯癫癫,肆意妄为。艺高人胆大,而李平属于先胆大再艺高的江湖奇人。再者,李平的心走近鲁迅,混淆了角色原型的界限,受鲁迅文字的灵魂拷问,因此笔耕不辍,不敢怠慢。

 

《千面鲁迅》既非油画、国画、水彩或版画等形式的变化;也不单单是线条、渲染、拼贴等技法的运用。其作品却包含了水墨、书法、泼墨、雕刻等诸多元素。李平使尽浑身解数,硬是把林林总总的东西集结起来,再把它们“乱弄一气”,反而水到渠成,弄出来一番大气象。他以水墨为鲁迅造像,却用观念为他铸魂。什么叫做灵魂与胆魄,什么叫做前所未有,全都附着于一张张抽象的鲁迅头像之上,入木三分。

 

鲁迅“没有把黄金时代预约给人类,却以燃烧般的生命,成为千千万万追随者的精神火花”。我们惊喜地看到,当今还有李平这样的艺术家,被鲁迅的精神点燃自己,并肆意的蔓延开去。

李平作品欣赏

 

 

图1,2022年,《第18届日中水墨协会展暨国际艺术家展yokohama2022》金奖。

 

 

图2

 

 

图3

 

 

图4

 

 

图5

 

 

图6

 

 

图7

 

 

图8

 

 

图9

 

 

图10

 

 

画家李平近影

李平简历

 

当代艺术家,中国美术家协会会员,北京大学艺术学院客座教授,中央美院综合材料艺术工作室外聘教授,国际当代艺术家联合会水墨写意人物研究院院长。

作品多次参加国内外当代艺术大展并多次获大奖。

2022年,《第18届日中水墨协会展暨国际艺术家展yokohama2022》金奖。

 

*****日文*****

 

李平略歴

 

現代芸術家、中国美術家協会会員、北京大学芸術学院客員教授、中央美院総合材料芸術研究室招聘教授、国際現代芸術家連合会水墨写意人物研究院院長。

作品は国内外の現代芸術展に複数回参加し、大賞を多数受賞した。

「第18回日中水墨協会展・国際芸術家展yokohama2022」金賞。

 

魯迅の精神を現代社会にも輝かせる

―中国の著名な現代画家李平を評す

 

殷鑠

 

魯迅は中国近代史上のマイルストーンとして、多くの文人墨客がよく評論する人物であるが、的確に言える人は少ない。魯迅は時代を超える天才である。魯迅の功績の高さは彼が置かれている時代のテーマである「救亡」に由来すると言われるが、実は彼の文学の天賦の才能は東洋、西洋あるいは近代、現代の枠を超えたため、ノーベル文学賞審査員を含めてわれわれ現代人が完全に理解できるものではない。だから私はいつも、魯迅を芸術で表現することには莫大な勇気が必要だと思う。

 

魯迅が亡くなってすでに86年経っている。「救亡」という時代のテーマも変わったようだが、果たして本当なのか?現代文学と芸術における中国人の「成果」を論じるなら、むしろ「敗亡」に近い。現代社会に「魯迅」は二度と生まれないが、魯迅の思想および魯迅の錚々たる風骨が今でも必要だろう。李平氏の近作「千面魯迅」は、芸術界の喧噪な論争を全く顧みず、魯迅の精神のみを再構築して目覚めさせ、混沌する時代の中で彼自身の「叫び」を発したと思う。

 

何百枚も千枚近い魯迅の肖像画「千面魯迅」の創作は、その巨大な仕事量だけで人を驚嘆させ、それは一般の人ではなかなかできないことだ。では、どうやってできたのだろう?まず、李平氏は各種の絵画材料を熟知しており、中国画、油絵、撥墨、総合材料などの運用に長けており、若い頃から芸術界の達人だった。そして李平氏の創作は昔から狂気に満ちていて、トランス状態で無我夢中のスタイルをとってきた。高い技があれば度胸が大きいと言う諺があるが。李平氏は先に度胸が大きく、そのうえさらに芸が高い。彼は芸術界の奇人である。また李平氏の心は魯迅に近づき、役の原型の限界を曖昧にさせ、魯迅の文学で自らの魂を焼き入れたため、彼は描き続けて怠ることはしなかった。

 

「千面魯迅」は油絵、国画、水彩、版画などの形式の変化ではない。そして、線、暈しと滲み、コラージュなどの技法の運用でも留めていない。その作品には水墨、書、撥墨、彫刻など多くの要素が含まれている。李平は渾身の力を尽くして、そうそうたるものを集結させ、それらを「めちゃくちゃに」したからこそ、雄大な勢いを作り出した。彼は水墨で魯迅の肖像を描きだし、観念を用いて魂を注入した。霊魂とはなにか?前例のないものとはなにか?それらをすべて抽象的な魯迅のアイコンに付け込み、入木三分の境地に達したのである。

 

魯迅は黄金時代を人類に寄与しなかったが、燃えるような命で無数の追随者の精神的な火花となった。私たちは、今も李平氏のような芸術家が魯迅の精神に自分を燃やされて、そして恣意的に広がっていくのを見た。それは喜んで驚嘆に値するだろう。